2010年1月10日日曜日

日本の当地産業

鯖江市(福井県)
日本の眼鏡フレーム約95%を生産、1905年農閑期の副業として始まる

美味しい冬の鍋料理に欠かせない土鍋、
日本の土鍋の80%以上が実は三重県四日市市(よっかいちし)で作られた
四日市市は土鍋だけでなく、蚊取り豚の生産も日本一である
四日市萬古焼(ばんこやき)、耐熱性(たいねつせい)に優れて(すぐれて)いるため、蚊取り豚や土鍋に適している

暑い日には欠かせないうちわ、その80%以上が実は香川県丸亀市で作られている
丸亀市のうちわは金毘羅神社(こんぴらじんじゃ)にお参りするときのお土産から有名になった
江戸時代全国からお参りに訪れた(おとずれた)人々がお土産として持ち帰った、全国に広まったと言われる
その後、丸亀藩の財政が苦しくなり、下級武士たちにうちわを内職として作らせ発展

日本のだるまの80%は実は群馬県高崎市で作られている
高崎のだるまは元々絹糸(きぬいと)を作る
蚕(かいこ)を育てる業者に向けたものだった
だるま作りは農業の副業として始まった
だるまに願いをかければ、蚕がよく育ったという
エピソードを話して全国に売り歩いた
今、選挙に使われるだるまはほぼ100%高崎産である

日本のそろばんの70%は、実は兵庫県小野市で作られている
小野市でそろばんの生産が始まったのは
戦国武将の豊臣秀吉に攻められたからという説がある
小野市のそろばんの歴史は1580年にまでさかのぼる
豊臣秀吉が近くの三木城に攻めてきたとき(三木合戦;1578~1580秀吉が行った兵糧(ひょうろう)攻めが有名)
住民たちは当時そろばん作りが盛んだった(さかんだった)
滋賀県大津に避難。そこで学んだ技術に独自の工夫を加えたのが小野のそろばんである
農家の副業として発展、最盛期(1960年)には年間360万丁を製造していた
小野市のそろばん作りの特徴は分業制、町全体支えている
そろばん作りの工程:1.玉作り。2.玉磨き3.ヒゴ竹作り4.組立
1.玉作り
玉作りの伝統工芸師は小野市にも四人しかいない
抜け出し:材料はカバやツゲといった固い木、玉を大きさに合わせ厚さ1cm
削り(けずり):材料の条件に合わせ回転数や刃の角度などを調整
2.玉磨き
そろばん作りは家内工業が主流である
面取り:手触りを滑らかにするためとがった角の部分を落としていく
穴を整える(ととのえる):着色した後は穴を開ける作業、穴のサイズは玉の滑り具合を決める
3.ヒゴ竹
ヒゴ竹の材料:京都産の孟宗竹(もうそうだけ)
まずは細かく切断し四角い棒状にする
そして、四角棒状が刃物にピストンで押していくと(削られて)中の丸いのが残る
4.組立
良いそろばんの条件は
玉は軽く動くけど、いかに止まるようにするか(が大事)
動いて止まらなければならない、動いて動いてはだめ

将棋の駒の95%は実は山形県天童市で作られている
天童市の将棋の駒作りは元々、武士の内職として始まった
江戸時代、下級武士が文字が書けるという理由で
将棋の駒を作り生計(せいけい)を立てた
当時、武士が内職することに対して反対意見もあったが
戦術を学べるので広く製造されるようになった

木彫り(きほり)の町として
全国的に知られているのが、富山県南砺市井波(とやましなんとしいなみ)
その井波の町に響く木彫りの音は政府が選ぶ将来に残したい風景に選ばれている
環境省が定めた(さだめた)残したい”日本の音風景100選”に井波に響く木槌(きづち)やノミの音「トントン」、「コツコツ」という音が選ばれている。
井波は約300人の彫刻家(ちょうこくか)が技を競う、日本一の木彫りの産地である
富山県は持ち家率や住宅一戸当たりの面積が全国1位で欄間や置物などを作るため彫刻の需要が高いことも発展した理由の一つである

日本のローソクの出荷数の約半分は
実は三重県亀山市で生産されている
亀山市のローソク会社が始めたのが今では結婚式の定番となっている「キャンドルサービス」である
日本初のキャンドルサービスは1959年カメヤマ株式会社の社員の結婚披露宴で行われ
まだ、スパイラルキャンドルはカメヤマ株式会社が生みだしたデザイン

パーティーを盛り上げるのに欠かせないクラッカー、その80%は
実は愛媛県宇和島市で作られたている
宇和島市のクラッカーはわずか1社で全て作られていて元々は花火を作っていた
株式会社カネコ:1884年花火製造会社として創業、1969年クラッカーの生産が開始、以後生産量が増え輸出するまでになった

日本の下駄の60%は実は福島県福山市で作られている
福山市で下駄作りが始まるきっかけとなったのは
江戸時代この地域で塩作りが盛んだったからである
福山市はかつて塩田の町だったが、
明治時代に入ると塩作りが下火(したび)になった
塩を煮詰めるために使っていた
燃料の薪(まき)を利用して下駄を作るようになった

トイレットペーパーの生産量日本一を誇るのが静岡県富士市である
富士市でトイレットペーパーを始めとする、紙作りが盛んになったのは豊富な地下水があったからである
紙を作るために大量の水が必要で、明治時代、富士市の水源を目当てに製紙工場が建設された
ちなみに、日本のトイレットペーパー約30%は富士市で作られたものである


チョーク
日本のチョーク、三本に一本を生産しているは北海道美唄市
ホタテ養殖で出た貝殻を原材料として使用、廃棄物利用と書き味アップを実現

輪ゴム
大阪府泉佐野市、輪ゴムを開発のは株式会社共和工業、大正12年から輪ゴム作り始まった
開発当初の輪ゴムは自転車用チューブを輪切りにしたものだった
輪ゴムのシェア60%、年間340億本が生産されている

吹き戻し
兵庫県淡路市(あわじし)
「吹き戻し」は大正時代に生まれたオモチャ、
八幡光雲堂が初めて機械化し大量生産に成功、日本でシェア80%である
材料:グラシン紙、密度が高く空気を通しにくい。(肉まんしたの紙も同じ材料)

メイクを使ってるの筆は80%のが広島県熊野町
江戸末期、農家の副業として始まる、町民の約20%が筆作りに携わる(たずさわる)

タオルのシェア60%
愛媛県今治市(えひめけんいまばりし)
今治市は江戸時代から綿織物の産地、明治27年機械化しタオル製造を始める
現在市内に175の業者がある、日本を代表するブランドとして海外進出